音響効果

日比谷公会堂の設計者、佐藤功一博士が、公会堂の開場式で、公会堂の優れた音響効果を参列者に知ってもらうため、ある実験を行った。 博士は、「これから、この新聞紙を破り、音が皆さんに聞こえるかどうかを実験してみます。」と言って […]

歴史的講演会

公会堂における記念碑的な大講演会は数多いが、戦前・戦中の国民的緊張の最も高まっていた頃、特に政府首脳部や一部の日本主義的思想家による時局講演会は、いつも超満員の盛況だった。平沼騏一郎首相、松岡洋右外相、橋本斯五郎大佐など […]

楽壇の登竜門

公会堂の催し物は多彩な分野に及ぶが、初回から公会堂を会場として長く続いている催しには、昭和5年からの「都山流尺八演奏会」、昭和6年からの「舞踊コンクール」(東京新聞主催)、昭和7年からの「音楽コンクール」(毎日新聞主催) […]

政治演説会

テレビがまだなかった頃、公会堂の政治演説会はいつも盛況であった。入場しきれない聴衆が前庭にあふれ、場外に設置したスピーカーから流れる話に拍手を送ることもたびたびあった。 特に印象に残るのは、昭和5年2月7日、憲政浄化連盟 […]

シャリアピン演奏会

昭和10年前後に来日した著名な演奏家たちでも、1回に400人も入ればまずまず成功の部類だったという。そうした中、昭和11年に来日し、公会堂で演奏したシャリアピン氏が空前絶後の当たりをとったことは、いまも語りぐさとなってい […]

使用者決定の抽選会

終戦後しばらくの間、公会堂は駐留軍に接収され、昼間だけ公会堂としての使用が認められていた。やがて接収解除となり、公会堂としての機能が全面的に復活した頃から東京の戦災復興も軌道に乗り、都民の文化活動への欲求も高まってきた。 […]

冷房

公会堂に冷房装置が入ったのは、昭和37年からであるが、それまでは冷房といえばもっぱら送風機と氷に頼っていた。地下の冷房室のダクト入口に砕いた氷をいっぱいに入れて、冷やした空気を送風機で客室に送る仕掛けだった。冷房能力では […]

エロイーズ・カニングハム

公会堂を我が家のように愛し、数多く来演した楽壇人は数えきれない。それぞれこの舞台を通じて、素晴らしい感動を聴衆の目と耳に届けたのである。エロイーズ・カニングハム氏もそのひとりである。 カニングハム氏は、昭和14 年、日本 […]

NHK交響楽団

NHK交響楽団の前身「新交響楽団」が、それまで拠点にしていた神宮外苑の「日本青年館」が手狭になったので、昭和7年9月、開場して3年目の公会堂へ定期演奏会場を移したときのことである。移転に先立って、新会場の下検分に訪れた指 […]

NHK番組と公会堂

NHKホールができるまで、公会堂はNHK交響楽団の根拠地となったが、NHKといえば、現在の渋谷区神南町へ移るまで、NHK会館が公会堂のすぐ近くにあったこともあり、公会堂はラジオやテレビの放送に頻繁に使用されてきた。その中 […]